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    <title>アルゼンチン-コリエンテス、&#13;Fiesta Nacional del Chamame 2011</title>
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    <description>牧田ゆきはアルゼンチンからの招待を受け、現地のフェスティバル（第２１回全国フェスティバル、第７回メルコスール・チャマメ・フェスティバル）に出演しました。</description>
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      <title>アルゼンチン-コリエンテス、&#13;Fiesta Nacional del Chamame 2011</title>
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      <title>出会った人達のＣＤ等の紹介</title>
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      <pubDate>Sun, 22 May 2011 00:40:14 +0900</pubDate>
      <description>Gicela Mendez Ribeiro&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;CD Title:「Por el Caminito」&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;URL1.http://&lt;a href=&quot;http://gicela.blogspot.com/&quot;&gt;gicela.blogspot.com&lt;/a&gt;/&lt;br/&gt;URL2.http://&lt;a href=&quot;http://www.facebook.com/gicelamendezribeiro&quot;&gt;www.facebook.com/gicelamendezribeiro&lt;/a&gt;&lt;br/&gt;URL3.http://&lt;a href=&quot;http://www.facebook.com/pages/Gicela-Mendez-Ribeiro/125194044172198&quot;&gt;www.facebook.com/pages/Gicela-Mendez-Ribeiro/125194044172198&lt;/a&gt;&lt;br/&gt;URL4.http://&lt;a href=&quot;http://www.gicelamendezribeiro.com.ar/&quot;&gt;www.gicelamendezribeiro.com.ar&lt;/a&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;TUPA&lt;br/&gt;URL. &lt;a href=&quot;http://www.tupamusica.com.ar/&quot;&gt;http://www.tupamusica.com.ar&lt;/a&gt;/&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;Antonio Tarrago Ros&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;CD Title:「DOSenUNO Vol3」(AR-0259-02)&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;URL.http://&lt;a href=&quot;http://www.tarrago-ros.com.ar/&quot;&gt;www.tarrago-ros.com.ar&lt;/a&gt;/&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;Anibal Maldonado&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;CD Title:「SUS GRANDES EXITOS CON RAMONA GALARZA Y PEDRITO&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;MALDONADO」(A.H.0447 2)&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;Luiz Carlos Borges&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;CD Title:「Con Amigos Argentinos」(B&amp;amp;M72606)&lt;br/&gt;URL.http://&lt;a href=&quot;http://www.facebook.com/pages/Luiz-Carlos-Borges/100198663358653&quot;&gt;www.facebook.com/pages/Luiz-Carlos-Borges/100198663358653&lt;/a&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;Lucio Yanel&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;CD Title:「Misterios do Chamame」(ACIT 74041770)&lt;br/&gt;URL.http://&lt;a href=&quot;http://www.lucioyanel.com.br/&quot;&gt;www.lucioyanel.com.br&lt;/a&gt;/&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;TOSTAO&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;DVD Title:「Tostao e Convidados Chamame vol.2」&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;Oscar Mambrin&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;CD Title:「Intimo」&lt;br/&gt;URL.http://&lt;a href=&quot;http://www.myspace.com/oscarmambrinchamame&quot;&gt;www.myspace.com/oscarmambrinchamame&lt;/a&gt;</description>
    </item>
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      <title>第十七章 終章</title>
      <link>http://www.planet-y.co.jp/makita/aruzenchin_bao_gao/Entries/2011/1/15_di_shi_wu_zhang_1yue14ri_2_2_2.html</link>
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      <pubDate>Sat, 15 Jan 2011 23:15:44 +0900</pubDate>
      <description>有意義な旅になった。&lt;br/&gt;日本でただ１人のチャマメ奏者として、チャマメ界にとって重要な音楽祭Fiesta Nacional del Chamameのステージに立った事、そしてアルゼンチン本場の聴衆とアルゼンチンチャマメ界から認めらた事は大きな事だった。&lt;br/&gt;アルゼンチン・チャマメの歴史に残る出来事だったようだ。南米大陸以外でのチャマメ奏者は私ひとりである。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;しかしながら、私はチャマメを弾いていた日本人で終りたくない。&lt;br/&gt;チャマメの魅力を日本全国に届ける事をしなくては。&lt;br/&gt;チャマメがどんなに人の心に明るいエネルギーを起こさせるか！どんなに暖かい気持ちになれるか！&lt;br/&gt;届けなくては！&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;チャマメと私の旅はまだまだ続く。まだ知らぬあなたの元へ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;次回予告&lt;br/&gt;まだ掲載していない写真。チャマメ仲間のCD紹介など</description>
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      <title>第十六章 ブエノスアイレスからニューヨーク経由で日本帰国　</title>
      <link>http://www.planet-y.co.jp/makita/aruzenchin_bao_gao/Entries/2011/1/15_di_shi_wu_zhang_1yue14ri_2_2.html</link>
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      <pubDate>Sat, 15 Jan 2011 23:15:39 +0900</pubDate>
      <description>&lt;br/&gt;自分がどこにいるのか分からない怖い目覚めが嫌なので、そっと目を開ける。昨日眠りについた部屋と同じ、ここはブエノスアイレス。&lt;br/&gt;今日は帰国日、昼御飯をエスカルホさんと約束していたので、その時間までにブエノスの町に出た。やっと人の視線を気にしないでも良い所に来た解放感、誰にも気付かれないで散歩出来る。&lt;br/&gt;つい本屋さんに入り長居してしまった。街角ではタンゴダンサーが観光客向けのパフォーマンスをしている、その少し先ではギタリストが「君の影になりたい」を弾いていた、なかなか上手い!!時間がなくて聞いていられない、私は走り回っていた。もう一泊位はしたかった。ブエノスアイレスは都会、東京生まれ、都会育ちの私はこの都会の刺激的な空間をさ迷い歩くのは心地好い。急いでホテルに戻ったがフロントの連絡ミスで二時間近くロスしてやっと彼女と食事に出た。&lt;br/&gt;全てが時間にゆとりがなかった。飛行機に乗りすぐセーターを着る用意をしたり、すでに想いは冬の日本…だったので、外が真夏である事をあまり考えず、昼食後につい湯船に浸かり…(体が疲れていて湯船に浸かりたかった) 熱中症みたいになり、クーラーの効いた空港までとても辛かった。バタバタとした時の流れの中、お世話になったアシスタントのエスカルホさんと別れて中へ、ブエノスアイレス、エセイサ国際空港は空港職員の若者はみんな横柄で不親切。今度、ここに来る時はブエノスアイレス、エセイサ国際空港を避けたいとさえ思った。もはやアルゼンチン、若者はこの大陸に初めて到着した先駆者の苦労と優しい気持ちは受け継がれていないのか…。時が流れ過ぎたのか…。 いや、コリエンテスではそう感じはしなかった。都会だけか…。&lt;br/&gt;アルゼンチンを去るこの出口で空港職員の感じの悪さで、不愉快な気持ちのまま、行きより遥かに重く感じるアコーディオンと手荷物が疲れた体にきつい。飛行機に乗った途端に激しい疲れに襲われ、すぐ寝込んでしまい、離陸した事を知らない。気が付くとすでに安定飛行に入っていた。帰路は本当に辛かった。ニューヨーク、ケネディ空港は不親切と噂に聞いていたが全く違い、空港職員は皆、物凄く親切で、疲れていた私には有り難かった。ニューヨークでの待ち時間は６時間でかなり長く、屋根に積もる雪をぼんやり眺め、アメリカらしい食事を取りながら真夏のコリエンテスを思った。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;ニューヨークから飛行機に乗ると日本人も沢山いて、みんな楽しかった旅の話に花を咲かせていた。私は疲れでほとんど食事を取れなかった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;日本。&lt;br/&gt;いつも上空から眺めながら美しい国だ。としみじみと思う。&lt;br/&gt;小さいけれど美しい私の国。いつもそう思う。&lt;br/&gt;アコーディオンを持って、海外の演奏家たちと接する厳しい旅に出る時はその気持ちが特に強い。&lt;br/&gt;日本人である事を誇れるような、日本人アコーディオン奏者としてやるべき事を強く強く感じる。&lt;br/&gt;１月１５日ブエノスアイレス夜６時過ぎ出発、１月１７日午後３時半成田到着。&lt;br/&gt;帰国。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;乗り換えのニューヨーク、ケネディ空港の雪&lt;br/&gt;成田到着</description>
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      <title>第十五章 １月１４日 2　</title>
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      <pubDate>Fri, 14 Jan 2011 06:27:05 +0900</pubDate>
      <description>昼過ぎ、ブエノスアイレス初日と同じホテルに落ち着いた。エスカルホさんは自宅に戻り、私はひとりブラリとブエノスアイレスの町に出た。近くを少し歩きサンドイッチとサラダを買って来た、大好きなスーパーで面白そうなデザートも買って来てホテルの部屋でテレビを見ながらのんびり食べた。ブエノスアイレスはシエスタの時間帯も開いている店が多い。&lt;br/&gt;この日は夜、バルボーサ師匠と夕食を共にする話もあったが、2004年にラジオナショナルで出会った日本人一世の高木一臣さんとお会いする事を私は優先した。高木一臣さんは27歳位の時に船で何ヵ月もかけて日本からアルゼンチンに渡った方で、86歳になられる。私の音楽をとても評価してくれている方である。ブエノスアイレス在住日本人の為にらぷらた報知という新聞の編集長を長いことされていた。日本人として映画に出たり、なかなかユニークな生き方をされている方である。&lt;br/&gt;その高木さんから去年、暮れに少し心配な手紙が届いていた、私はどうしても高木さんと会うべきだと思っていた。&lt;br/&gt;夜８時、ホテルに迎えに来てくれた高木さん、７年ぶりの再会である。私が日本からお正月に出した手紙はまだ彼の元に届いておらず彼は私の出演したFiesta Nacional del Chamameのテレビ中継は見ていなかった…。高木さんは少し歩き方に不安があったが不思議と大通りに出ると大股の力強い歩き方になる。治安がすこぶる悪いブエノスアイレスで生き抜く為の姿を見た気がした。高木さんは日本橋という日本料理屋さんに連れていってくれて、沢山のブエノスアイレスでの武勇伝を聞かせてくれた。生命に関わるあまりに危険な彼の体験談につい、それでも治安の良い日本に帰らないのですか?なんて…私は失礼な言葉を口にしてしまった。&lt;br/&gt;日本人としてアルゼンチンに骨を埋める覚悟と時々見せる日本への思い…。&lt;br/&gt;海外に住む異国人の揺れる気持ちは簡単に言葉に出来る事ではない。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;私はとても疲れていた、もう少し高木さんは話したい様子だったが、３時間くらいで私達は店を出た。あまり治安の良い地域でない。高木さんは一か八かでタクシーを拾えたら…みたいな様子で私は少し怖かったが幸い安全なタクシーを拾う事が出来て無事にホテルに戻れた。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;夜のブエノスアイレス、少し足を引きずるように高木さんが町に消えていった。私は暫く彼の後ろ姿を見つめていた。&lt;br/&gt;強い。日本から遥か遠いアルゼンチン、治安の悪いブエノスアイレスで力強く生き抜いている86歳。いつまでもお元気でいてほしい。&lt;br/&gt;ホテルに戻るとぐったり疲れが出た。&lt;br/&gt;明日、飛行機に乗り３０時間の移動が待っている。&lt;br/&gt;出発が早朝でないのが幸いだ。ホテルもロングステイで空港に行く午後５時までいられる。&lt;br/&gt;久しぶりのバスタブに浸かり、いつしか眠りについた。&lt;br/&gt;ブエノスアイレスは空気が違う。コリエンテスの穏やかさはここにはない。</description>
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      <title>第十四章 １月１４日　</title>
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      <pubDate>Fri, 14 Jan 2011 06:24:17 +0900</pubDate>
      <description>二日位前から、同じ夢を見た。朝起きると、どこだか分からない、誰もいないホテル…。人の気配も感じられない中庭が見えて蒸し暑い重たい微風にカーテンがかすかに揺れている。恐ろしい孤独感…。&lt;br/&gt;この日は怖いので薄目を開けてそっと見た。天井の扇風機の羽根がぐるぐる回っていた。&lt;br/&gt;見渡してコリエンテスの部屋だと分かりホッとした。今日はブエノスアイレスに移動しなくてはならない。急いで身支度をし、すっかり馴染んだ部屋を見渡した。いろいろな事があった。リオ・パラナの犬、大観衆のアンフィ・テアトロ・トランシート・ココマローラ。アサードパーティーのチャマメ。&lt;br/&gt;クーラーは最初の２日間は利いていたが、すぐ壊れた。あまりクーラーの冷えは好きでないし、天井の扇風機で十分だったが、洗濯物が乾かなくて少し困った…。&lt;br/&gt;ロビーに降り、顔見知りになったフロントの人たちに挨拶をして、やっと来たレミスに乗り込む。&lt;br/&gt;後方に過ぎ去って行くコリエンテスの町並み、私はきっとまたここへ戻って来るだろう。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;コリエンテス空港に着き。カフェに入った。いつものコーヒー(カフェ コン レチェ)とチパを頼み、最後のコリエンテスの食事を楽しんでいたらヒセラが急いでやって来た。今日は彼女はチャマメ音楽祭、本番の日で、「少しナーバスになっているの！」といつものチャーミングな笑顔で言いながら見送りに来てくれた。&lt;br/&gt;ヒセラと再会を約束して私はゲートに向かった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;空港では何人もの人が「あなたの演奏を聞いた、素晴らしかった！」と声をかけて下さった。&lt;br/&gt;荷物チェックの空港職員は「アコーディオンは私の叔母さんが昔、ベルドゥラ(野菜verdura)と呼んでいたよ」と言った。これも昔、本で読んだ事がある。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;灼熱の太陽が降り注ぐ午前10時45分少し過ぎて、ブエノスアイレスへと飛行機は離陸した。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;飛行機から遠ざかるコリエンテスの町を私はいつまでも、いつまでも、見えなくなるまで見ていた。離れては生きていけない位、とてもとても大切な何か、から引き離される激しい辛さで私は心掻き乱された。涙が止まらなかった。誰にも気付かれないように声を押し殺して泣いた。&lt;br/&gt;ブエノスアイレスまで１時間半、アシスタントさんが、コリエンテスで使った雑費の請求の話を始め私はやっと現実に戻れた。そう、現実に戻らなくては。チャマメを僅かしか知る人のいない日本に戻り私は孤独と戦いながら頑張らなくてはならない。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;ブエノスアイレス。町の音が違う。 &lt;br/&gt;エスカルホさんが飛行機の中で、何度も話しかけたそうだったという紳士が話しかけてくれた「あなたの演奏、キロメートロ１１とグランハ・サンアントニオが特に良かった!!」と。 &lt;br/&gt;嬉しかった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;コリエンテスを去らなくてはならず、ブエノスアイレスからコリエンテスを想うチャマメ曲は多いが、コリエンテスは不思議な魅力を湛えた町だ。あのゆったりと流れるパラナ川に抱かれたおおらかな気質。&lt;br/&gt;長い間、チャマメと向かい合い、日々弾いて来た私がチャマメから感じていたコリエンテスそのものだった。そしてさらにそこに住む人たちの愛情も私は心に持つ事が出来た。&lt;br/&gt;Ah mi Corrientes pora！&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;コリエンテスからブエノスアイレスへ&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;ヒセラと再会を約束!!&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;遠退いていくコリエンテス</description>
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